一月の終わり頃、美術館の庭の花壇にクロッカスの白い花、黄色い花が咲いた。凍てついた土の間から顔を出し、春が近いことを告げているようだ。 クロッカスはアヤメ科クロッカス属の多年草で、耐寒性のある球根植物である。原産地はヨーロッパ南部や地中海沿岸から小アジアである。日本には明治時代に渡来した。松葉のような葉の間から短い花茎を伸ばし、葉や茎に比較すれば不釣り合いに大きい花を咲かせる。花はほとんど地上すれすれの所に咲き、花色は黄、紫、白、紅、青絞りと多彩である。日が当たると開き、曇りの日や夕方には閉じる。 サフランはクロッカスの一種である。園芸上は春咲きのものをクロッカスといい、秋咲きのものをサフランと呼ぶ。クロッカスを「春サフラン」、「花サフラン」ともいい、サフランを「秋咲きクロッカス」ともいう。 Crocus(クロッカス)はCroke(糸)を語源とし、オシベの先が垂れ下がっていることから名付けられたという。ギリシア神話ではスミラクスというニンフとの恋を許されず、自ら命を絶ったクロコスという美青年の変身した花とされる。 一方、サフランはトルコなどの西南アジア原産である。最初に栽培されたのがギリシアとされる。地中海の島で発掘された壁画によると、青銅器時代から栽培されたと考えられる。紀元前から世界各地でメシベを香辛料・染料・香料・薬用として利用している。 サフランは最大20〜30センチメートルに成長すると、10~11月に鱗茎から葉とは別に伸びた軸頂の先に数個の淡紫色の花を開く。花は一株に3つつける。花には貴重な柱頭、輝かしい香辛料となる長い糸のようなメシベの先端が3本ある。 花のメシベをスパイスとして用いる。花をまるごと摘んだ後、根元がひとつになっている柱頭をばらしてすぐに乾かさなければならない。それを怠ると売り物にならなくなる。サフランは重量単位で比べると世界で最も高価なスパイスのひとつである。1 g のサフランを採るのに160個ほどの花が必要であり、収率が低いために貴重で、1 g あたり500-1,000円程度と高価である。収穫は人の手で1本1本摘み取る方法で、1kgのサフランは約50万本のメシベに相当する。それほど貴重なスパイスだけに昔からしばしば偽造品が出回った。ベニバナの花の一部が、本物の柱頭に混ぜられ、ウコンの根の粉末が代わりにもちいられた。15世紀にドイツ人はこの巧妙なごまかしの禁止に動く。事を重く受け止め、火刑あるいは生き埋めのような死罪に相当する罪とした。ヨーロッパではその罪人は火あぶりの刑に処せられたという話が伝わっている。 香辛料あるいは染料として、すでに紀元前の時代からエジプトやローマで利用されており、その鮮やかな黄金色は古代ギリシアでは王族のロイヤルカラーとして用いられ、王族だけが使うことを許された。高価ではあるが、香り、色ともにほんの少量だけで効果を発揮するので、プロヴァンス地方の名物料理ブイヤベースやスペイン料理のパエリア、ミラノ風リゾット、モロッコ料理のクスクス、インド料理のサフランライスには欠かせない。トルコのサフランボルでは湯を注いで「サフラン・ティー」として飲まれている。 主に着色を目的に用いられ、特に魚介類との相性がよく、パエリアやブイヤベースはその代表的な料理。サフランを茶葉に使ったサフランティーも有名。また、口紅やリキュ一ルの着色などにも用いられている。油に溶けないので、調理ではあらかじめ水か湯にメシベを浸して着色した液を用いる。 古くから薬用植物として知られ、鎮痛剤や通経剤として女性疾患などに利用されてきた。 そのほか、発汗、健胃などの作用もあり、ヨーロッパではサフランティーは精のつくお茶として飲まれている。妊婦は飲用を避ける。 エキゾチックな香りと鮮やかな黄金色の主成分はクロシン。着色力が強く、15万倍もの水も黄色に染めるといわれ、ほんの少量で豊かな香りと美い色を楽しめる。 サフランは、西は地中海から東はカシミールまでの広いベルト地帯で生産されている。その他の地域でも、南極大陸以外ではある程度生産されている。世界の年間生産高は、糸状・粉状を合わせて約3百トンである。この内、最高級とされる「クーペ(coupe)」(サフラン下部の白い部分をカットしたもの)の生産高は、1991年実績で50トンである。イラン、スペイン、インド、ギリシャ、アゼルバイジャン、モロッコ、イタリアの順に生産量が多く、イランが世界の総収穫量の半分を占め、スペインを含めると世界生産量の80%を占める。 米シカゴ大学のスーザン・バーンズ教授によると、17世紀に東インド会社によって、長崎に持ち込まれ、各地に伝播したという。 日本での栽培が始まったのは1886年(明治19年)からとされ、現在、大分県竹田市で栽培されるサフランが最も上質とされる。しかし、農業従事者の減少、高齢化、輸入サフランとの価格差などから、国産サフランの生産は減少の一途をたどっている。 |