ジギタリスはオオバコ科キツネノテブクロ属の一・二年草、多年草だけでなく、低木も存在する。地中海沿岸を中心に中央アジアから北アフリカ、ヨーロッパに20種あまりが分布する。 日本には江戸時代に薬用植物として渡来したとされる。別名キツネノテブクロ。 茎は根際から数本出て株となり、直立して高さ1mほど。夏、茎頂から長い総状花序を伸ばし、濃紫紅色の斑点を持つ紅紫色の鐘形花を多数付け、下から順に咲く。 学名のDigitalis purpurea L. のDigitalis はラテン語で「指」を表すdigitusに由来する。これは花の形が指サックに似ているためである。数字のdigitやコンピューター用語のデジタル(digital)と語源は同じである。種小名のpurpureaは「紅紫色の」の意で花の色にちなむ。 別名のキツネノテブクロ(Foxglove)は、イギリスで釣鐘状の花を指にさし、魔除けなどに用いたいた習俗から生じている。キツネの名が冠せられるのは、古くそのしっぽが、やはり魔除けとされたこととの関連と考えられる。 ジギタリスは古代から中世までイギリスやアイルランドで主に切り傷や打ち身の外用薬として使われていた。イタリアの諺には、「ジギタリスはあらゆる病気を治す」というのがある。 しかし16世紀の終わりごろ、イギリスの植物学者ジョン・ジェラードはその著「本草あるいは一般の植物誌」(1597年)の中で、『ジギタリスは苦く熱性かつ乾性で、ある種の瀉下作用はある。しかしまったく使い物にならず、薬といえるようなものではない』と述べている。またイギリスの宮廷付き植物学者で偉大な薬剤師でもあるジョン・パーキンソンはその著「太陽の園の地上の園」(1629)の中で「賢明な医者なら誰もジギタリスを薬として用いない」とジギタリスの薬効性を否定した。 心臓病からくるむくみ(水腫)にジギタリスの葉に効能があるのを見つけたのはウィリアム・ウィンザリングというイギリスの医師だが、彼は魔女と言われる老婆の治療法にヒントを得たものだった。当時、むくみがどうしてあらわれるのかその原因はわかっていなかったが、放っておけば致命的になることだけは経験的に知られていた。もちろん、むくみといっても原因はいろいろあるが、ここでいうのは、ポンプとしての心臓の機能が弱まるためにおこるものである。そうなると腎臓に血液がいかなくなり、濾過機能がおちて水分が排出されないためにむくみが生じてくる。それは気づかないうちに悪化し、やがて心不全となって死をまねく。 ジギタリスは強心作用を有する成分ジギトキシンを含んでいる。1776年、英国のウィリアム・ウィザリングが利尿剤としての薬効を発表して以来、不整脈やうっ血性心不全の特効薬としても使用されている。しかし、ウィリアム・ウィザリングがその薬効を発見したのではなく、「ジギタリスを近代医学に初めて導入」したとするのが正しい。 1775年、ウィザリングはふとしたことから重い水腫を患った老女を診察したのだが、当時の医学では手に負えずまもなく死に至ると判断した。しかし、その老女のことを気にかけていた彼は、数週間後、その患者の消息を尋ねてみると元気になったと聞いて驚愕したのである。その患者は魔女とされる民間療法師の秘伝の生薬を用いた治療を受けて回復したというのである。その民間療法師は水腫の患者をたびたび治したと聞くに及び、ウィザリングは民間療法師からその療法を聞き出そうと決心した。探し当てたその民間療法師はどこにでもいそうな老女だったのであるが、秘伝の処方については堅く口を閉ざした。しかし、諦められないウィザーリングの粘り強い交渉の結果、ようやく秘伝の処方は20種以上の薬草を配合したものであることを教えられた。ウィザリングにとって、その中でジギタリスが薬効の本体であることに気付くのにさほど時間はかからなかった。ウィザリングはエディンバラ大学医学部在籍中に植物学を学んでいた。当時は薬といえば大半は植物起源の生薬であったから、医師をめざすものにとって植物学の知識は必須だったのである。 ジギタリスは全草に猛毒があり、潜在的な危険性をもつ植物である。ウィンザリングは、その本当の効用は何か? 植物のどの部分が活性であり、水腫に対する一回の適量はどれほどか?を見つける仕事からまず手をつけた。当時このようなことはすべて不明であったのである。彼が、今日医学の古典となっている書物において、これらの疑問に答えることができるようになるまでには10年の歳月を要したのである。 しかし、ウィザリングはジギタリスを利尿薬であると考えていて、強心作用があることに気がつかなかった。 ウィザリングの真の業績は、「ジギタリスの発見」ではなく、ジギタリスの効用、薬用部位、適量を科学的に特定することによりある種の心臓疾患の確実な治療薬に導いたことである。 ジギタリスは記録に残るだけでも200年以上前から21世紀の 現在に至るまで、主に浮腫や水腫の治療のために面々と処方されており、今日用いられている循環器領域の薬品では歴史的に最も貢献した薬剤の一つである。 ジギタリスの葉を温風乾燥した物を原料としてジギトキシン、ジゴキシン、ラナトシドCなどの強心配糖体を抽出していたが、今日では化学的に合成される。以前は日本薬局方にDigitalis purpurea を基原とする生薬が「ジギタリス」「ジギタリス末」として医薬品各条に収載されていたが、いずれも第14改正日本薬局方第2追補(2005年1月)で削除された。 |