フジバカマ(藤袴)


 
 鮮やかな翅色の蝶が庭に咲くフジバカマに舞い降りた。1000キロ以上も移動するというアサキマダラである。アサキマダラは上昇気流をうまく捉えて空高く舞い上がり、滑空しながら飛んでいく、地上近くまで降りてきたら、また次の上昇気流を捉えて舞い上がる。これを繰り返すことによって、少ないエネルギーで長距離を移動している。
フジバカマに舞い降りるのはオスで、性フェロモン分泌に必要なピロリジジンアルカロイドを摂取するためである。ピロリジジンアルカロイドはフジバカマ以外ではヒヨドリバナやスナビキソウに含まれている。しかし、空高く飛んでいるアサキマダラがフジバカマをどのように識別しているのか不思議である。

 フジバカマはキク科ヒヨドリバナ属の多年草で、関東以西の野原に自生している。奈良時代に中国から渡来した帰化植物とされるが、それを裏付ける証拠は無く、日本の原生種とする意見も根強い。長く横に這う地下茎を持つ。茎は直立して、高さ1~1.5m。8~9月、茎の上部で分枝して、頭状花序を散房状につくり、淡紅紫色の筒状花だけの小形の頭花を密につける。1つの頭花は5つの筒状花で構成される。秋が深まるにつれ、花色が濃くなってゆく。
日本での初出は「日本書紀」とされる。允恭天皇記にある「蘭」がフジバカマのことだという。のちに允恭天皇の皇后となる忍坂大中姫命(おしさかおおなかつひめのみこと)が庭で遊んでいると、馬で通りかかった闘鶏国造(つげのみやつこ)が、山に行くときたかる虫を払うためと言って、園中の蘭を求め、一本手にすると礼も言わずに持ち去った。
 この蘭がフジバカマのこととされる。中国ではフジバカマのことを古くから蘭と呼んだ。 しかし、後漢の許慎(きょしん)が表した最古の部首別漢字字典である『説文解字』(100年)によると、「蘭は香草なり」とあり、香りのある草本類一般を表すものとある。
このことから、允恭天皇記にある蘭はノビルのことだとする説もある。たかる虫を追い払うのだから香りのよいフジバカマより、悪臭のあるノビルの方が向いているように思える。
 フジバカマにはよい香りがある。これはサクラなどにもあるクマリンという成分である。この芳香があるため、中国では古くから身につけたり浴湯に入れたりした。開花期に茎葉を摘み、干したものを蘭草(らんそう)といい、利尿の効果があるという。浴湯料として使うと疲労回復に効がある。また蕾や花を採って乾燥させ香を出して匂い袋などに入れる。

 日本書紀で初出とするには疑問があるが、「万葉集」には歌われている。ただ秋の七草を詠んだ山上憶良の1首のみである。「古今集」以降は多く詠まれるようになった。

 現在、川岸の護岸工事によって自生種が激減し、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧(NT)種に指定されている。そして、神奈川県、山梨県、奈良県、福岡県、佐賀県では
絶滅、京都府では絶滅寸前となり、多くの都道府県で絶滅危惧種に指定されている。