ホオノキ(朴の木、厚朴)


 
 飛騨高山の名物に朴葉味噌がある。大きな朴の葉の上に味噌、ネギ、キノコなどをのせコンロの上で焼いたものである。焼きあがった具を白飯の上にのせて食べたり、それを酒の肴にしてもよい。ちょっと味噌の焦げたところなどがお酒にはあう。ホオノキは植物全体にホオノキオールやマグノロールなどの芳香成分を含んでいて良い香りがする。これも具材の味を引き立てている。

ホオノキはモクレン科モクレン属の落葉高木で、日本全土の山地に分布する。樹高は大きなもので30m、幹の直径 1 m 以上になる。葉は互生するが、枝先に集まってつき輪生状につく。葉身は倒卵形から倒卵状長楕円形で、モクレン科の中で最も大きく長さ20–40cm、幅 10–25 cmにもなる。この葉の大きいこと、さらに芳香があり、抗菌作用もあることから朴葉味噌や朴葉鮨に利用された。
ホオノキのホオは包むという意味で、昔、この葉で飯や餅などの食べ物を包んだことに由来する。今でも、飛騨高山では葉の干したものをものを包むのに用い、市場では束ねたものを売っている。前出の芳香成分には抗菌・抗酸化効果もあり、食品を包むのにうってつけである。

万葉集にホオノキを詠んだ歌が二首あり、その内の一つ。
皇神祖(すめろき)の 遠御代御代(とほみよみよ)は い布(し)き折り 酒(き)飲みきといふそ 此の厚朴(ほほがしは)
                            (大伴家持 巻19.4205)

(天皇の遠い御代御代には、広げて折って器にし酒を飲んだというこの厚朴)

 大槻文彦の「大言海」に、ホホガシハはオオバ(大葉)ガシハの約された形で、カシハは炊ぐ葉の意で、この葉でコメなどを煮たり蒸したりしたことに由来している。また料理を盛ったりもしたようだ。
 ホオノキの葉は古代から食器の代わりに使われてきたが、この葉は単に大きいだけで用いられたのではなく、葉には、いい香りがあるために使われてきたものである。花にも非常にいい香りがあるので、万葉人はこの香りの中で食事を楽しんだに違いない。

花は5月から6月頃、枝の先に開き、香が強くクリーム色で、経は15~20cm程である。
雌しべ先熟で、雌しべが受粉するのは初日だけで、翌日には閉じ、代わりに雄しべが開いて花粉を出す。花が終わると、長さ10㎝もある果実ができる。多数の雌しべが一塊になった集合果で、果皮は木質化して10月頃に重そうに垂れる。秋に熟して裂け、中から種子が飛び出し、白色の糸でぶら下がる。

ホオノキは枝が少なく、真っ直ぐに伸びる。そして材は柔らかく、ひずみや狂いがなく木目も細かいので優れた材として用いられた。今では見られなくなったが、学生に喜ばれた高下駄の歯は朴歯であった。刀の白鞘に用いられ、楽器や工芸品、建築材にもなった。今でも版木はホオノキである。

 漢方では樹皮を乾燥させたものを厚朴(こうぼく)という。ただ中国のものは同じモクレン科モクレン属だがトウホオノキを用いている。日本ではトウホオノキはないのでホオノキを用い、和厚朴と呼んでいる。神経性胃炎や、去痰、利尿などに用いられる。
さらに最近、樹皮からメラニン色素の合成を防ぐ成分が発見され、これを配合した美白化粧品が発売されている。また抗がん作用もあることが分かってきた。
 果実は「朴の実」」と称し、民間では淋病、嘔吐、風邪などに用いられる。

植物が海から地上に進出したのはおよそ4億7千万年前とされる。コケからシダ、裸子植物、被子植物(単子葉植物から双子葉植物)へと進化してきた。最初に花をつけた植物が何かはよくわからないがおよそ1億4千万年前とされる。
 ホオノキの萼は3枚、花弁は6枚から9枚ある。双子葉植物の花弁は5枚が多く、6枚や9枚のように3を倍数とする花弁を持つ花は少ない。一方、単子葉植物はほとんどが3を基数とする。
 ホオノキの所属するモクレン属の種は花弁や萼がいずれも3を基数とし、単子葉植物と一致する。
 モクレン属の花はほかにも特色がある。それは多数の雄しべや雌しべが同一の面に並ぶのではなく、らせん状に配列されている点である。これは古い花の性質とみられ、化石が一億年を超える上部白亜紀から多数産出していることと合わせて、原始的な花と見られている。単子葉植物と共通する花の特徴を持っていても不思議ではないのである。