ホタルブクロ(蛍袋)


 
 6月になると、釣鐘状の花をつけるホタルブクロをあちこちで見かける。花色は白か淡紅紫色である。時に白地に淡紅紫色の筋が入ったものがある。関東では淡紅紫色が、関西では白色が多いという。しかし美術館周辺では、白と淡紅紫色のホタルブクロが入り組んで咲いている。城ヶ崎海岸まで行き、海岸沿いの遊歩道をこの時期に歩くと、目につくのはほとんど白色のホタルブクロである。
 ホタルブクロはキキョウ科ホタルブクロ属の多年草で、日本全土の山野に自生している。開けたやや乾燥した草原や道ばたなどによく見られる草本で、全体に毛が生えている。根葉は長い柄がありハート形。初夏に花茎を延ばし、高さは、30~80cmくらいで直立する。6-7月頃に茎の先端に、釣り鐘形の花を下向きに開く。花冠は長さ4~5cmで、先は5浅裂している。花が終わると、地上茎は枯れるが、地下に張り巡らされた茎から翌年になると、また茎をのばしてくる。

 ホタルブクロの名前の由来は、①昔、子供たちが捕まえた蛍(ほたる)をこの花の中に入れ持ち帰ったから。②花が提灯(ちょうちん)に似て、昔提灯を火垂(ほたる)袋といったことから。③蛍が飛び出すころに咲く花だから。
牧野富太郎は、『新日本植物図鑑』の中で「小供がこの花でほたるを包むので起こった」と、①の説をとっている。②は中村浩が『植物名の由来』で解いた説である。これに対し、深津正は『植物和名語源探求』で、「日常語として提灯のことを”火垂る”といったなどという話は、聞いたことがない」として、①の説をとっている。
 
 ホタルブクロは自家不和合性(自分の花粉では種子を作らない)の植物である。そのための仕組みが雄蕊先熟である。雄蕊は開花前に花粉の入った葯を開き、花柱の毛に花粉をつけて枯れてしまう。花が開くと、蜜を求めて昆虫が花の中に潜り込む。花冠の内側には毛が生えており、昆虫はもがきながら花の奥に進む。その時、背中を花柱にこすりつけるので花粉が昆虫の背中にくっついていく。2,3日すると、花柱の毛が落ち、雌蕊の先(柱頭)が3つに割れて反り返る。また昆虫が蜜を求めてきて花の中に入り込むと、他のホタルブクロで背中につけてきた花粉が柱頭につき、無事受粉が行われる。

 ホタルブクロの花粉を運ぶのはマルハナバチである。ホタルブクロの花は円筒形で下を向いているため、昆虫はいったん花にとまってから花冠にはい込まないと、花の底にある蜜が吸えない。ところが、ハナアブの仲間は下向きの花にとまるのが苦手であり、チョウの仲間は花にはいこむことはできない。そのため、これらの昆虫にはホタルブクロの蜜は吸えない。このような複雑な作業を簡単にこなせるのは、ハナバチの仲間だけである。
 ホタルブクロの花冠は直径20~26㎜ほどで、その内面には柔らかく長い毛が生えている。マルハナバチがその毛を足がかりにはい上がると、ハチの背は自然に、花冠の中心にある花柱や柱頭に触れるような仕組みになっている。マルハナバチより小形なハチなら、花柱に触れる率がぐっと下がってしまうことになる。

ホタルブクロの変種シマホタルブクロ(環境に合わせて変化)
 房総半島と伊豆半島の間から南に向かって伊豆七島が連なっている。伊豆七島には、シマホタルブクロとよばれる、ホタルブクロによく似た植物が自生している。この植物とホタルブクロの外見上のちがいは、植物体に毛が少なく、花冠が小形なことだけである。
 伊豆七島の利島(としじま)以南の島々にはマルハナバチの仲間は生息せず、利島では中形のハチであるハキリバチ、その他の島々ではコハナバチやツヤハナバチなど小さなハチしか生息しない。
 シマホタルブクロの花も、ハチが花冠の内側をはい上がるとき、その背が花柱や柱頭に触れることによって受粉する。したがって、花冠と花柱とのすき間より小さなハチが訪れたのでは、受粉できないことになる。マルハナバチが訪れれば、その背に花粉がついて高い率で受粉するのだが、伊豆諸島の南部のように小さな昆虫がまれにしか訪れないところでは受粉の機会が減ってしまい、次の世代を残せないように思われる。しかしこうした条件のもとでも、シマホタルブクロはそれぞれの島で世代を重ねている。
 かれらが生き残れた理由の主な点をあげてみる。
 第一に、小さなハチしか訪れない島々のシマホタルブクロの花のサイズを計ると、ホタルブクロより小形になっている。こうすることで花柱や柱頭と花冠とのすき間がせまくなり、まれに訪れる小形なハチにも花粉の仲立ちをさせることができる。
 第二に、ホタルブクロは自家受粉をしないが、シマホタルブクロはハチが訪花しない時は自家受粉をして子孫を残している。
これがマルハナバチのいない離島で生き残っていくためにシマホタルブクロが身に着けた戦略である。