キキョウ(桔梗)

 
 7月の中頃から美術館の庭にキキョウの花が咲き出す。キキョウは秋の花とされることが多い。季節ごとに植物を記述した本には、ほとんど秋の植物として紹介している。もっとも、「夏から秋に咲く」との記述も見える。しかし、美術館ではほとんど夏に咲いている。

 キキョウはキキョウ科キキョウ属の多年草で、東アジア固有の1属1種の植物であり、日本全土の山野の日当たりの良い草地に自生する。しかし、近年、野生のものはその数を減らしており、環境省のレッドリストには絶滅危惧II類 (絶滅の危険が増大している種)として記載されている。東京都区部では絶滅、京都府では絶滅寸前種となっており、その他の地方でも絶滅危惧種に指定されている。

 花は茎の先に数個、青紫色で鐘形の花をつける。花は径4~5cm、花冠は五裂し星形で釣り鐘状に開花する。両性花であるが、自分の花粉で受粉しないように雌雄異熟になっていて、雄しべ先熟である。雄しべが花粉を出し切ると、花冠のそこに横たわってしまう。その後、雌しべが成熟する。

 キキョウの名は漢名の桔梗(キチコウ)が転訛したものである。

 根はゴボウのような根で漢方では桔梗根といい、中国では古くから胸痛や腹が張り腸が鳴る症状に効く薬にした。また正月に飲む屠蘇の材料にも使われている。
根には有毒成分であるキキョウサポニンを含んでいるが、水溶性の高い物質なので水にさらしたり茹でると簡単に取り除くことが出来るため、揚げ物、煮物、漬け物にして食べることができる。

 江戸時代以降、盆花としてもよく使われており、地方によってはキキョウをボンバナと呼んでいる。
 中国では園芸的な改良がされなかったが、日本では長い栽培の歴史を持つ。キキョウには変異が多く、数々の変異種が現れている。江戸時代に入ると、その園芸品種の作出にも力が入れられるようになり、元和・寛永年間(1615~44)には、青紫色のほか、紫、白、桃色などの花や八重咲き種も登場した。また、キキョウの変わりもの、珍品が紹介された『本草通串証図(ほんぞうつうかんしょうず)』(1853)には「五月雨桔梗」や「白紋桔梗]「蔓性桔梗」など11種が掲載されている。その頃の園芸品種のなかには絶えてしまったものも多いが、可憐な青紫色の花はいまも日本の秋を彩る。

 万葉集にアサガオを詠んだ歌が5首ある。しかし、現在のアサガオは平安時代に薬用植物として中国から渡来したものである。では万葉集に歌われているアサガオはどんな植物なのか。
山上憶良に秋の七草を詠んだ歌がある。

  秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種(くさ)の花  (山上憶良 巻8.1537)
  萩の花 尾花葛花 撫子の花 女郎花また藤袴 朝顔の花     (山上憶良 巻8.1538)

 万葉集のアサガオはヒルガオ、ムクゲ、キキョウとする説が出されている。また、次の歌から、朝から夕刻まで咲いている花が考えられ、夕刻に花を閉じるムクゲが候補から外れ、ヒルガオかキキョウと考えられる。

  朝顔は 朝露負ひて 咲くといへど 夕影にこそ 咲きまさりけれ   (読み人知らず 巻10.2104)

  (朝顔は朝露を受けて咲くというけれど,夕方の光の中でこそ咲きまさるものだなあ)

 ヒルガオは容花(かおばな)という名があり、万葉集に「かほばな」で4首詠まれており、他にアサガオとする有力な根拠もない。これにたいし、キキョウ(桔梗)は日本最古の辞書である「新撰字鏡」(898~901年)に「阿佐加保」としていることから、現在最も有力とされている。