モクレン(木蓮、木蘭)


   
 三月の中頃になると、庭のハクモクレンが先に咲き出し、モクレンはその数日後に咲き出した。モクレンはモクレン科モクレン属の落葉小高木で、中国南部の原産である。日本には平安時代までに薬として中国から渡来し、鑑賞花木として植えられた。源順(みなもとのしたごう)が編集した辞書「和名類聚抄」(931 - 938)に記載がある。

 モクレンは小型で樹高3-5m程度。葉は互生で、広卵型、長さ8-10cm、先は尖る。花期は春(3-4月頃)。葉よりも早く枝先に暗紫色の花を上向きに半開する。花弁は6枚、萼は3枚、雄しべと雌しべは多数が螺旋状につく。上品な強い芳香を放つ。白い花をつけるハクモクレンとは異なり、花びらは舌状で長い。実は赤い。ハクモクレンに対し紫色の花をつけることからシモクレン(紫木蓮)ともいうが、モクレンといえばシモクレンのことである。
 モクレンは漢名「木蓮」の音読みまたは「木蘭」の音読みの転訛したものである。また、日本ではコブシに辛夷の字を当てるが、辛夷はもともとモクレンのことである。さらにモクレン属の花の蕾を辛夷(しんい)と呼び、漢方では頭痛、鼻炎、蓄膿症などに用いる。
すなわちモクレンの蕾もコブシの蕾も辛夷である。
モクレンの学名はマグノリア・リリフローラ(Magnolia liliiflora)、リリフローラはユリのような花という意味である。また、マグノリアは医者であり、植物学者でもあったフランスのピエール・マニョル (Pierre Magnol:1638-1715) から名付けられた。

ハクモクレンはイギリスのキュー・ガーデンの園長であったバンクス卿によって、1789年に中国からヨーロッパにもたらされた。またモクレンは日本にオランダ商館の医師をしていたツンベルクによって、1790年にイギリスに紹介されている。
 19世紀の初めに、イギリスを経てフランスにモクレン、ハクモクレンがもたらされると、スーランジアナなど数々の交雑種が作出された。さらに、20世紀にモクレンがアメリカに渡ると、日本の固有種であるシデコブシと交雑しガールマグノリアなどが作出された。

 モクレン属の祖先は、約1億年前(白亜紀)に誕生したことが化石から分かっている。モクレン属は、その祖先が地球上に現れた頃から、現在のような花の形であり、地球上で最古の花木といえる。そして、現在、私たちをとりまいている花木類の祖先になっている。
 両性花の場合、同じ花の中に生まれてきたオシベとメシベは、同じ植物のからだから生まれたものなので、オシベの花粉が同じ花の中にあるメシベについて種子をつくることは、近親結婚になってしまい、それは好ましくない。
 近親結婚を避けるため「雌雄異熟」という仕組みを身につけた植物がある。「雌雄異熟」は字のごとく、「一つの花の中にあるメシベとオシベが異なる時期に成熟する」という意味である。
 たとえば、モクレンでは、花が咲いたときに、花の中央にあるメシベが成熟している。しかし、メシベのまわりにあるオシベは成然していないので、花粉を出さない。だから、中央の成熟したメシベに、同じ花の中にあるオシベの花粉がつくことはない。メシベは、
別の株の花粉がつくのを待っている。
 メシベが萎れて種子をつくる能力をなくしたころに、ようやく、メシベのまわりにオシベが成然して花粉を出す。メシベは萎れているから、同じ花の中で、オシベの花粉がそのメシベについて種子ができることはない。オシベの花粉は、別の株に咲く花のメシベに運ばれることが期待されている。
 これは、メシベがオシベより先に熟しているので、「雌しべ先熟」という。一つの花で、
オシベとメシベが、お互いに成熟する時期をずらして接触することを避けている。
 モクレン以外にも、コブシやタイサンボク、サルビア、オオバコなどがこの性質をもっている。