サトイモ(里芋)


 
 サトイモはタロイモの一種である。タロイモは、狩猟採集時代からヒトにとって、重要な食用資源として知られ、約1万年前に始まったとされる農耕の起源に深く関わったイモ型の作物の一つである。インド東部から東南アジア大陸内で栽培化され、熱帯圏を中心に根栽農耕文化に深く関わってきた。伝統的な根栽農耕を営む民族の食生活を支える主要な食用作物である。
 サトイモは、山に生えるヤマノイモに対する名前で、里に生えている芋と言う意味から、サトイモ(里芋)という。これに対し、タロイモのタロ(Taro)は、ポリネシア系の言葉でイモを意味する言葉に由来し、日本語のイモを表現している。英語ではTaroであり、日本語でタロイモというのはイモイモという意味になりちょっとおかしい。
 イモ型栽培作物の特徴は、カロリーが高く、栽培面積当たりの生産量が穀類や豆類より高いなどの利点があり、主食として価値の高い作物である。また栽培は比較的容易である。水田などの湿潤な土壌で日当たり良好かつ温暖なところが栽培に適する。日本では、一般的に畑で育てるが、奄美諸島以南では水田のように水を張った湛水で育てている。湛水状態で育てた場合、畑で育てるよりも収穫量が2.5倍になるとの調査がある。

 タロイモは、インド東部からインドシナ半島の熱帯森林地域を原産地とし、民族の移動と共に、イネ(種子栽培農耕)に先行して中国南部や太平洋地域、オセアニア地域、西は熱帯アフリカ、地中海地域へと伝播していったと推定されている。
 日本へは起源地から東マレーシア、フィリッピン諸島、バタン諸島、台湾などの島々沿いを黒潮海流の北上と共に南島から日本列島へ渡ってきた海上の道と、中国大陸経由の草原の道を通り、南島の海上の道を経て日本列島に渡来した民族によって持ち込まれたと考えられている。
  日本には、縄文時代から弥生時代にかけて伝来したと考えられており、イネが栽培されるまでは、主食であったととされる。しかし、確たる証拠はない。日本で栽培されるサトイモは三倍体のため種子ができない。種子があれば、タイムカプセルのように遺跡から出土し渡来時代を推測できただろう。ただ、二倍体であっても、種子繁殖は生育にかなりの手間を要するため、種芋を使った栄養繁殖が行われているので種子は残らない。
 いずれにしても、サトイモは伝統的な栽培植物であり、食用として重要な意味を持つばかりではなく、日本文化の中に深く根付いたと考えられる。日本の農耕儀礼や信仰に関わりのある民族文化についての研究も行われ、正月三日朝の雑煮に芋魁(うかい:親芋)を入れて食べる風習、八月十五夜(中秋の名月)にサトイモを供える芋名月(収穫の祭り)、イモくらべ祭り(滋賀県)、ズイキ神輿祭り(京都春日神社)がある。一方、餅無し正月(お正月にはお餅を食べることをタブーとする風習)など各地に民俗儀礼が多数あり、人の生活と深い関わり合いがあることが明らかになっている。
 
 サトイモはサトイモ科サトイモ属の1年草。草丈は1.2 - 1.5m ほどになる。地中部には食用にされる塊茎(芋)があり、細長いひげ根が生える。日本のサトイモは花を咲かせないと言われるが、実際には着花することがある。着蕾した株では、その中心に葉ではなくサヤ状の器官が生じ、次いでその脇から淡黄色の細長い仏炎苞を伸長させてくる。花は仏炎苞内で肉穂花序を形成する。
 サトイモの茎は「ずいき」というが、あの茎のように見えるのは、実際には葉柄と呼ばれる葉の一部分である。それでは茎はどこかというと、芋の部分が茎に相当する。茎を芋状にして、そこから大きな葉っぱをつけている。
 大きすぎる葉は、光を受ける上では決して効率的とはいえない。植物の葉にとって光は重要だが、強すぎる光はかえって害になる。だから、一枚の葉で光をすべて受けるよりも、光をやり過ごしながら、何枚かの葉で光を受ける方がよいのである。さらに、光は一方向から来るとは限らないから、葉をたくさんつけておいたほうが、効率よく受けることができる。ところが、サトイモのように一枚の葉が大きいと、その下が完全に陰になってしまうから、ほかの葉に光が当たらなくなってしまう。だから、一般的に植物は小さな葉をたくさん出して、すべての葉に光が当たるように配置している。
 ただし、大きな葉が有利なときもある。それは森の底に生えるときである。森のなかはたくさんの木が生い茂っているから、弱い光を逃さずに受け止めなければならない。茎を伸ばして葉をつぎつぎ作っても、どうせ光が当たらないのだから、茎を伸ばすエネルギーを節約して、葉を大きくしたほうがいい。さらに、森の地面に届く光は、生い茂った木々の隙間からこぼれてくるから、必ず上から射してくる。となると、一枚の大きな葉を上に向けて広げていることは、じつに合理的である。もしかすると、サトイモの先祖も熱帯雨林のジャングルの奥底で、木漏れ日を頼りに生きていたのかもしれない。
 ただし、大きな葉には、他にも問題がある。葉が大さいと、葉の表面から大量の水分が蒸発してしまう。事実、サトイモは乾燥に弱い。ただ、サトイモのふるさとは雨の多い熱帯アジアだから、あまり問題にはならなかっただろう。とはいえ、逆に多すぎる雨も問題になる。大きな葉っぱがまともに強い雨を受けてしまうからだ。
 熱帯原産のサトイモ科の観葉植物には、奇妙な形の葉をしているものがある。葉が深く切れ込んで欠けたようになっていたり、葉に穴があいたようになったりしているのだ。これは葉の細胞が「アポトーシス」という現象によって、自らの葉の一部を死滅させているのである。細胞が自らの葉の一部を死滅させるというのは何とも不思議だが、特別なことではない。オタマジャクシがカエルになるときに尻尾がなくなるのも、アポトーシスによるものだという。サトイモ科の植物がアポトーシスによって奇妙な形の葉を形成する理由は、強く降る雨をやり過ごして避けるためであるといわれている。サトイモには葉の切れ込みはないが、葉が破けて裂けやすくなっている。もしかすると、これも雨をやり過ごすための対策なのかもしれない。
 サトイモには他にも雨対策がある。葉の表面に細かな毛が生えていて、おまけに蠟(ろう)物質を含んでいるので水をはじくのである。サトイモの葉に思い切り水をかけても、まるで撥水処理をしてあるかのように気持ちよく水をはじいて濡れることがない。