ツクシ(土筆)とスギナ(杉菜)


 
 三月の半ば頃になると、美術館の周りでツクシが顔を出す。庭の隅や、道ばたにニョキニョキと生えてくる。ツクシを摘んで持ち帰り、はかまを取って一晩水につけてあく抜きをし、お浸しや卵とじにする。まさに春の味わいである。

 ツクシを植物図鑑で引いても出てこない。植物の種名はスギナである。素人はツクシが主で、スギナが従のように考えるが、植物学的にはスギナが主のようだ。スギナは、トクサ科トクサ属の植物でシダ植物の一種である。日本に生育するトクサ類では最も小さな種である。ツクシはこのスギナの胞子茎、いわば生殖器である。ツクシは胞子を放出し終わると、枯れてしまい、そのあとにスギナが生えてくる。スギナは栄養茎である。

 ツクシの古名はツクヅクシで、この語が詰まってツクシになったという。では、ツクヅクシとはどういう意味なのか。
国語学者・大槻文彦の『大言海』では「突(つく)を重ねた語で突出の意」とし、国学者・林 甕臣(はやしみかおみ)の『日本語原学』では「突々串(つくつくくし)」とし、民俗学者・柳田国男の『野草雑記』では「澪標(みおつくし:航路の標識)のツクシで、「突立った柱の意」とする。
 また植物名研究者の深津正は『植物名の語源』で「ツクシの方言ツギツギボウシがツクツクボウシに転じ、詰まってツクヅクシになった」とした。ツギツギボウシはツクシの「はかま」の一ケ所から上の部分を抜きとって、元通りに差し込み、「どこどこ継いだ」といって、子供たちが遊んだからの名で、ホウシは、茎の先端の嚢穂の形を法師にみたてたものであろう、としている。
 和名スギナについては、植物学者・牧野富太郎の『牧野新日本植物図鑑で』で、スギナとはその形状が杉に似ていることによるとした。しかし、スギナは「継ぎ菜」の訛ったものとの解釈もある。

 シダ植物であるスギナは、種子ではなく、胞子で増える。若いツクシの頭部をよく見ると、六角形をしたタイルのような構造でびっしり埋められている。成長するにつれてタイルのすき間は徐々に開き、完全に成熟すると緑色の粉が舞い散るようになる。この緑色の粉が胞子だ。
 胞子は丸い胴体に4本の腕があって四方に伸びている。スギナの胞子が四方に出している腕には、ちょうど乾湿度計のように、湿ると丸まり、乾くと伸びて広がる性質がある。
 晴れた日、胞子は伸ばした腕いっぱいに風を受け、新天地へと旅立っていく。胞子の数は膨大である。1本のツクシに、なんと200万個。だが数の多さが厳しい生存競争の裏返しなのは、生物界の基本原理。
 胞子は湿った地面にうまく落ちると芽を出す。だがスギナの形に育つのではなく、まず、ゼニゴケによく似た「前葉体」というまったく別の姿に育つ。前葉体のつくりは簡単かつ平面的で、葉緑素をもつ細胞が平たく広がり、仮根 と呼ばれる水を吸うための毛のようなものが下面から生えているだけである。前葉体には雌と雄があり、成長するとそれぞれ造卵器、造精器をつくり、ここではじめて卵と精子がつくられる。
 シダ類の精子は、植物でありながら運動性のある繊毛を持ち、前葉体上の造精器から、やはり前葉体上にある造卵器でつくられた卵へと泳いで移動する。泳ぐ、というからには当然、水中を移動する。たいていは雨が降って水たまりができるとはじめて、逢瀬がかなう。
 こうして結ばれた受精卵から、前葉体の体の上で、より進化した葉や根を持つスギナの体(胞子体)が育ち始める。役目を終えた前葉体は枯れ、「スギナ」がようやく育つ。
 前葉体という段階を経て卵や精子がつくられて受精に至る生殖の仕組みは、すべてのシダ植物に共通する。とはいっても、その過程や形態は少しずつ異なり、高等なシダ類では前葉体は普通、縦横数mmほどのハート型で、透きとおるほどに薄い。薄い前葉体は水分を失いやすい上に、簡単な構造の仮根しか持たないため、乾燥に対して極端に弱い。シダ類が湿った場所に多いのは、このためでもある。
 スギナの仲間はおよそ3億年前の石炭紀に大繁栄し、一世を風靡した。当時はスギナに似た高さ数十メートルにもなる巨大な植物が、地上に密生して深い森を作っていたのである。この大森林を築いたスギナの祖先たちが長い年月を経て石炭となり、近代になって人間社会にエネルギー革命をもたらしたのだ。
 大繁栄したスギナの祖先たちだが、長い時間の流れのなかで多くが絶滅してしまった。
寒冷や乾燥など、地球に起こった大きな変化に対応できなかったのである。しかし生き残ったスギナは、現代でももっとも嫌われる代表的な畑の雑草として活躍している。一族の末裔であるスギナは、まさに先祖の誇りにかけて現代を生き抜いているともいえよう。
 何度となく絶滅の危機を乗り越えたスギナは、今も危機管理を怠らない。その秘密が地下のシェルターである。地上にはわずか数十センチ程度の茎を伸ばすだけだが、用心深く、地下に根茎を張り巡らしているのである。この根茎は地中深くまで縦横無尽に張り巡らされ、文字どおり暗躍する。取っても取っても畑のあちらこちらからつぎつぎに芽を出してくるのだ。