ウツギ(空木)/ウノハナ(卯の花)


   
  卯の花の 匂う垣根に
  時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて
  忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ

 明治時代の歌人であり、国文学者でもある佐々木信綱の作詞した唱歌「夏は来ぬ」である。
 卯の花はウツギの花である。旧暦の4月(卯月)に咲くので卯の花の名がある。もっとも、卯月は卯の花の咲く月という意味だという。しかし、ウツギより卯の花のほうが一般には名が知られている。ウツギは「空木」の意味で、幹(茎)が中空であることからの命名であるとされる。
 ウツギに鼻を近づけても、匂わない。「ウツギ」という名がつく植物は6科13属にまたがり数多くある。民間信仰で、中空の枝または茎を持つ植物は神との絆が強いと考えられ、神聖なものとされた。そのため「ウツギ」と名のついたものがたくさんできたと考えられている。その中でバイカウツギに芳香があるので、歌の卯の花はバイカウツギではないかという人もいる。しかし、バイカウツギを「卯の花」とは言わないようだ。なぜなら、ウツギ(ウノハナ)は穂状の花序に白い小花をたくさんつけ、白い蕾は米粒を連想させ、稲穂の象徴としてとらえられたのであり、径3㎝もあるバイカウツギでは大きすぎる。普通卯の花と呼ばれているのはウツギ、マルバウツギ、ヒメウツギなどである。
 折口信夫はウノハナの咲き方で、米の豊凶を占ったという。ウノハナの咲き具合を観察し、暦のなかった昔、農民は田植えの目安にすると共に、花の咲き方で、その年の天候や作物の育ち方を予測する手がかりとしたのである。
 「匂う」を古語で解釈すると、「美しく咲いている」という意味になる。これなら歌詞は「卯の花が垣根に美しく咲いている」となり、何の矛盾もない。
佐々木信綱は万葉集の体系化を志した国文学者であり、万葉集に精通していた。万葉集には「卯の花」を詠んだ歌が24首あり、そのうち18首でホトトギスと共に詠まれている。卯の花とホトトギスの初鳴きである忍び音は農民に田植えの準備を促す重要な季節の知らせである。

 ウツギはアジサイ科ウツギ属の落葉低木。エングラー体系では、ユキノシタ科に分類されている。
 日本と中国に分布し、日本では北海道南部、本州、四国、九州に広く分布する。山野の路傍、崖地、林縁、川の土堤、人里など日当たりの良い場所にふつうに自生する。
 落葉広葉樹の低木で、樹高は1~ 2.5m になり、よく分枝する。樹皮は灰褐色から茶褐色で、老木は縦に裂けて短冊状に粗く剥がれる。
 葉の形は変化が多く、長さ5~12cmの卵状長楕円形から卵状披針形になり、葉柄をもって対生する。葉身は厚く、星状毛が生えて触るとざらざらする。
 花期は5 - 7月。枝先に直径10~15mmの白い鐘状の花が多数群かって咲く。普通、花弁は5枚で細長いが、八重咲きなどもある。雄蕊は長短5本ずつあり、花糸に翼がある。萼には星状毛が生える。

ウツギのような中空状の構造は軽くても丈夫であり、速い成長を実現するための一つの方法である。植物の成長の仕方を考えればわかるのだが、中空の部分を大きくすることはできない。翌年には外側に肥大成長を行うので中空の部分の大きさは変わらない。そのため、中空の枝のメリットは主に一年目に限られる。そのため、中空の枝を作るのは枝の寿命が一年あるいは数年という草本や低木にほぼ限定される。
 
 ウツギ(ウツキ)は、古くは宇都岐(『本草和名』)、宇豆木(『新撰字鏡』)と表記されているが、詩歌や俳句ではウノハナが使われることが多い。王朝の歌人たちは白い五弁の花を雪や波に見立てて雪見草、夏雪草、潮見草などと表現したりした。田植えの頃に咲くので田植花、垣根に使われるところから垣見草といった呼名もある。

ウツギは地味な低木だが、垣根として使われるだけでなく、畑や田んぼの境界を示すために植えられてきた。境木(さかいぎ)である。境木にはウツギの他にチャノキ、クワ、エノキなども使われているが、ウツギが最も多いようである。
ウツギは五、六月に挿木すれば簡単に根付いてくれる。木が根を張ってしまえば簡単には移動できないし、何十年もの耐久性がある。生きた木を使うのは境界を巡る諍いを避けるための知恵だったのだろう。しかもウツギはよく株別れするので、強く刈り込んでも次々と枝が出てきてくれる。こんな性質も境界に使うためには好都合だったに違いない。
 
 幹は中空だが木部は緻密で堅く、楊枝、箪笥や木箱の木釘に利用される。
 ウツギの枝は年を経ると固くなる。その固い枝は発火用の火きり杵に使われた。古くは火は木をこすり合わせておこされたが、現在もその方法は神社の神事に残る。現在、一八の神社が神事に際して火きり杵で火をおこすが、出雲大社や諏訪神社をはじめ九神社はそれにウツギを使う。固いだけの木なら他にもたくさんある中で、ウツギが選ばれたのは、稲作を占うウツギを重視した名残であろう。